コラム


第2回 プログラマー残酷物語


2.設計図のない建物や・・・

(2) ソフトウェアの設計図

道具が原始的で単純であることからこそ、全体の設計図はとても大切なものとなります。それぞれの個性が入りこむ余地が大きいため、個々の作業の指示が、設計図として完成したものに基づいていなければ大変なことになります。厳密な定義を徹底しておかないと1人のプログラマーの個性が全体を揺るがすことになりかねないからです。


にもかかわらず、いい加減な設計図で作られるシステムが多いのには一つの原因があります。それは、設計を担当するシステムエンジニアと呼ばれる人たちに、業務の内容を十分に検討をする時間が与えられていないことです。


コンピュータが使われるようになった頃、それはとても高額の商品でした。しかもIBMという巨人が市場を支配しているため、コンピュータそのものが利益の源泉であり、事務系のシステムのソフトウェアはおまけのような扱いを受けていました。見積りの大半がコンピュータそのものであり、ひどい時にはソフトウェアはただですらあったのです。そのことが事務系のソフトウェアの世界に、悪い影響を与えたと思われます。


もっとも、その頃のコンピュータの性能は価格に比べて低く、単純な事務作業しか対象にできず、複雑な設計が必要とはされなかった事情もあります。単純な作業を矛盾なく行なえればそれで良しとされ、それをミスなくコンピュータに実行させるのがやっとであり、業務側の知識より、コンピュータに関する知識のほうが必要性が高かったわけです。従ってコンピュータ企業も、プログラム作成側に、業務分析能力の優秀な人材を配置しなかったのかもしれません。


装置の高額さが生んだ問題点の一つが2000年問題です。主記憶や補助記憶装置が高かったので、すべてのデータをどれだけ短く記憶するかが、採算性に大きな影響をもっていました。データー量が、多くなると年の桁数が2桁なのか4桁なのかは、重大な問題だったのです。


補助記憶装置の例で言うと今から10数年前には8メガ(8,000,000)ビットのハードディスクが、40万位していました。1メガ5万円です。今では20ギガ(20,000,000,000) ビットで5万円くらいです。1メガ2円50銭です。実に2万分の一の値段です。これだけの変化に対して、データを短くもたせることが優れた技術者だ、という錯覚が今でも存在するのです。


数年前に作られたソフトにまで2000年問題が発生するのは、若い時に身につけた知識や考え方を、年をとってから修正することのむづかしさを示しています。



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